音に聞きつつ…

音楽のことなど。

現代の武満徹を殺すな

武満徹が世に出るきっかけになったエピソードとして、ストラヴィンスキーが『弦楽のためのレクイエム』に賛辞を送ったという話が頻繁に引用される。

それまでは1950年に発表した『2つのレント』について音楽評論家の山根銀二に「音楽以前」であると酷評されるなど、国内では全く名を上げられず、1957年に発表した『弦楽のためのレクイエム』についても黙殺されていたらしい。

1959年に来日していたストラヴィンスキーNHKで日本の作曲家を知るために音源を聴いていたところ、武満のこの作品に出会って次の言葉を残したとされている。

この音楽は実にきびしい。全くきびしい。このような、きびしい音楽が、あんな、ひどく小柄な男から、生まれるとは。

また福島和夫の『エカーグラ』に対して「実にいい曲だ」ともコメントしたらしく、これと武満へのコメントが混同されて大賛辞を送ったとされて世に広まったとのこと(福島が全く不憫である)。その後武満は一斉に手のひらを返され、一躍戦後日本を代表する作曲家へと躍り出た。

 

このエピソードは未だにあちこちで語られており、ついこの間にもNHKで放送されたらしい。これのどこが誇らしい話なのだろうか?このエピソードは、日本人は自分たちで価値あるものを判断できず、肩書と実績のある海外のすごい人に評価されると一気に手のひらを返す(現代の各業界でも頻繁に見られる現象であると言えよう)民族ですよと自白しているものであって、語り継ぐ意味がわからない。

ましてや、NHKがこれを自慢気に紹介する意味とは?

現代にも「ストラヴィンスキーに見出されなかった世界線武満徹」がたくさんいて、その人達を殺し続けていますよ、というのを自白しているようなものだ。